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第11回:糖尿病のお話(下)
( 2003年10月15日 掲載 )
第10回:糖尿病のお話(上)はこちら
4.過食と肥満
・太りすぎ=食べ過ぎ ・運動不足=食べ過ぎ
・一人前=食べ過ぎ  ・太る体質=食べ過ぎ
・人並み=食べ過ぎ  

(1)食べ過ぎと肥満
 一日の消費エネルギーについては、前回お話ししました。消費エネルギーより摂取エネルギーが多いと、当然のことながら太ってきます。糖質でもタンパク質でも、エネルギーとして余計な分は、全て脂質(脂肪)として組織に蓄えられます。皮下脂肪とか内臓脂肪と呼ばれるものです。
 脂肪組織が持つエネルギー量は1グラムあたり7kcalです。つまり、7kcalの食べ過ぎをすると、1グラム太るということになります。4日 100kcal、ごはん軽く一膳の食べ過ぎで14グラム太る。これを毎日やると1ヶ月で400グラム、1年で5kg、3年で15kg太ることになります。 1日300kcalの食べ過ぎでもあれば、1年で15kg太ることになります。消費エネルギーより摂取エネルギーが多ければ食べ過ぎであり、食べ過ぎると太ることになります。

(2)太りすぎは食べ過ぎ
 太っている人に「自分は太っていると思うか?」 と聞くと、大抵は太りすぎていると思うと答えますが、 「では、食べ過ぎていると思うか?」と聞くと、半数の人からは「いや、食べすぎとは思わない」という答えが返ってきます。しかし、太りすぎていれば食べ過 ぎです。消費エネルギーより多くとっていたから太ったのだから食べ過ぎです。その人は、自分の食べている量がそんなに多くないと思っているのかもしれませんが、使う以上に食べているのです。食べるほどに使っていない、運動不足、活動不足ともいえますが、結局は「運動していないのに食べている」ということで、やはり食べ過ぎに違いありません。お茶碗に1膳しか食べていない、半分しか食べていないにしても、それだけ使っていなければ食べ過ぎです。

 太りすぎの体重を維持しているとすれば、維持できるだけの栄養をとっていることになります。象さんが4トンの体を維持するためには一日に何10kgもの餌を食べます。食べなければそれだけの体重は維持できずに、やせてしまいます。90kgの人が先月も90kg、来月も90kgであれば、90kgの体重を維持できるだけの栄養をとっていることになります。90kgでいたくないのに90kgの体重を維持する栄養をとってしまった。要するに食べすぎです。

(3)太る体質なんてありません
 水を飲んでも太るなんていうことはありません。水はおしっこになって出ていきます。
 本当に少ししか食べていないのに太る人もいますが、よく言えば「燃費の良い車」です。少しのガソリンで走れる。少しの栄養でも元気に生きていけるように体が出来ているのです。基礎代謝が低いと言ってもいいでしょう。凶作や飢饉の時でも生き残れる、良い体ですが、逆に、少し食べても余ってしまう。1リットルで走る車に、10リットルのガソリンを入れるとあふれてしまいますね。少ししか食べていなくても太っている人は、少しなのだけれども、それでも余っている、食べ過ぎている、もっと減らしても元気に生きていけるということです。

 栄養を適正化すれば、体重も必ず適正になります。どんなに食事を減らしてもやせられないということはありません。「稼ぎに追いつく貧乏なし」。栄養過剰だから太っているのですから、やせないのに栄養不足になるということはありません。体重が減らないなら、減り始めるところまで食事を少なくしていって良いのです。そこが適正な栄養ですから、栄養不足になることはありません。ただし、お年寄りは別です。高齢者は脂肪の燃焼が悪いので、カロリー不足にすると筋肉が衰えてきます。若い頃ついてしまった脂肪は、年をとってからは取りにくくなります。若い頃から太らないように注意する習慣が肝要です。
(4) 人並みは食べ過ぎ
 食べ過ぎていない、と言う人は「人並みにしか食べていないから。一人前しか食べていないから」と言います。しかし、人並みが食べ過ぎなのです。肥満だから、糖尿病だから人並みに食べてはいけないというのではありません。今、日本人全員が食べ過ぎで、不健康な食生活をしています。人並みに不健康な生活を続けることは良くないことです。お代わりもしない、大盛りにもしない、一人前というのでも食べ過ぎです。今、外食で一人前を頼むと、ものすごい高カロリーになっています。お店はお客さんが満腹で帰れるようにボリュームの多い食事を出しているのです。メニューにカロリーが載っているのを見るれば、驚くほど多いですね。トンカツ定食900kcalなどが平気で出てきます。昼食からこうですから、三食を食べると 2500kcalを超えてしまいます。一人前が普通だと思って全部食べるのではなく、残すくらいがちょうど良いのです。ですから、一人前は食べすぎ、人並みに食べていれば食べ過ぎです。皆が不健康な生活をしているからといって、悪い人たちのまねをしてはいけません。
 誰も不健康な生活をしたいと思ってしている人はいません。周りが皆そうだから、知らず知らずの内に不健康な生活が習慣になってしまっているだけです。赤信号、皆で渡れば恐くない、といって渡っていますが、まずは皆さんから自分だけでも青信号で渡りましょう。
 現在、世界中では、食べ物に不足している国、人たちが圧倒的に多いのが現状です。アジアでもアフリカでも、食糧不足で飢えている子供たちが何億人もいます。栄養不足で病気になり、死んでしまう人たちがたくさんいます。気の毒で、かわいそうです。一方、日本人とアメリカ人は、食べ過ぎて病気になっているのです。どう思いますか?

(5)幸せって、何?
 好きな食べ物を好きなだけ買える状況にあって、「好きなときに好きなものを好きなだけ食べるが幸せだ」、というのは、生物学的に適切なことではありません。例えば、「好きな酒を、好きなときに、好きなだけ飲むのが幸せだ」と言っている人に、「その通り。本人が幸せなら、そうするべきだ」と言うでしょうか。食べ物も同じことです。本能のままを幸せとすることは、理性で生きる人間にとっては間違いと言わざるを得ません。
 食べるのが幸せな人にとって、食事を適正化することは、初めのうちは、つらさを伴うことかもしれません。しかし、そこを乗り切らなければ、健康と本当の幸せにたどり着くことは出来ません。一度、乗り切ってしまえば、慣れてきます。満腹ではなくても、満足するようになります。腹八分の方が気持ちよくなってきます。なんでも習慣。幸せも習慣で変わるものです。
 元気で長生きしている人たちにとっては、腹八分というのが当たり前の習慣です。
 人並みが当たり前ではなく、健康的な生活をすることの方が「当たり前」ですね。

(6)うまくいくダイエット
 ところで、食べるな、というのは簡単ですが、実行するのは難しいですね。我慢するのではなく、どんな時に、どんな風に食べてしまうのかによって、上手に減らす工夫、コツがあります。専門家からアドバイスしましょう。出来ないことを言ってもしょうがありません。どんなことなら出来るか、見つけていきましょう。一緒にご相談しながらやりましょう。また、食べ過ぎですので減らさなければいけないのはそうですが、減らせばよいというものでもありません。必要なエネルギーをとって、バランス良く減らすにはどうしたらよいか、どうやったら無理なく、上手にダイエットできるか。肥満、食べ過ぎ、糖尿病の方は、専門家のいる医療機関でご相談下さい。

おまけのクイズコーナー
 どちらが正しいでしょうか?
野菜をたくさん食べればそれだけでやせられる
野菜をたくさん食べた分だけ、ご飯やおかずの食べ過ぎを減らせばやせられる

5.食べ過ぎを続けると
 糖尿病の4つの本質(病気への姿勢)
 糖尿病については、次の4つのことを正しく理解し、納得していただく必要があります。

# 糖尿病は治らない。
# 正しい治療をすればよくしておくことができる。
# 悪いまま放置すると重大な合併症が起きる。
# よくしておけば合併症を予防できる。

(1) 糖尿病は治らない
 残念ながら、糖尿病は治らない病気です。治らないというと死病、不治の病という響きがありますが、例えばガンのように、治らない、半年で死んでしまう、という意味ではありません。慢性病、いわゆる持病です。一生というとがっかりしますが、一生抱えていく、付き合っていく病気です。こぶとり爺さんのこぶのようなものです。しかし、正しい治療を続け、血糖と体重を適正に保てば、元気で長生きできる病気です。仕事もできれば、趣味のことも続けられます。慢性病の中には苦痛を伴ったり、体が不自由になったり、活動が制限されたりする病気が多いですが、そういう意味では、元気で長生きできるのですから悪くはありません。治らないけれど、という意味では、近眼がそうですね。近眼も一度なってしまったら一生治りません。

 一生、治らないなどと言われて気分をよくする人はいませんが、糖尿病が治らない病気だということを、納得頂かなければならない訳は、「糖尿病は治る病気だ」もしくは「治らないと聞いてはいるけど、もしかしたら私の糖尿病は治るかもしれない」と、心の片隅にでも思っていると、誰しも病気が治らないとは思いたくないので、何かの拍子に治ったと勘違いしてしまうからです。すると、治療を止めてしまいます。当然ですね、病気でないのに治療をする人はいません。しかし、治療を続けていれば元気で長生きできるのに、間違って治療を止めてしまうとそういかなくなります。このような勘違いで治療を止めてしまうことがないように、糖尿病は治らない病気だということをよくご理解いただかなければいけません。

 しかし、勘違いをして治ったと思う患者さんは非常に多いのです。
 どのようなことで勘違いするかというと、「体調がよくなった」「血糖値が正常になった」ということです。しかし、これらはいずれも間違いです。糖尿病があるかないかは、体調の善し悪しとは関係がありません。これは、糖尿病という病気が、合併症を起こさなければ基本的に症状がない病気だということで理解できるでしょう。糖尿病の大半は、健康診断か人間ドック、または、他の病気で(例えば血圧で)医者にかかっていて、たまたま見つかる、というのがほとんどです。それくらい症状がない病気です。症状がなくて糖尿病が見つかった人は、体調の善し悪しと、糖尿病が治ったかどうかが関係ないことがわかりますが、一方、中には症状が出てから見つかる人もいます。血糖値がかなり高くなると、のどが渇く、おしっこが多い、だるい、疲れやすい、やせてくる、という症状が出ることもあります。すると、こういう人は、治療を初めて薬を1、2ヶ月飲むと症状がなくなります。のどが渇かなくなり、おしっこが近くなくなります。だるさもとれて元気が出てきます。すると、糖尿病が治った、と思ってしまいますが、これは間違いですね。

 また、血糖値が正常になれば糖尿病は治ったと思いそうですが、これも間違いです。いやな言い方ですが、一度、血糖値が高い、糖尿病だと言われたら、後は、血糖が高かろうが、低かろうが、正常であろうが、糖尿病は糖尿病なのです。
正常でも治ったと言えない、このことについては少し難しいお話です。また、糖尿病がなぜ治らないか、そのわけも含めてこれらは別の章で詳しくお話しします。(→食べ過ぎを続けると・・・その2 糖尿病の進行)

(2) 正しい治療をすれば、よくしておくことができる
 さて、治らないけど、治療は行います。治療をしても治りませんが、よくしておくことができます。よくしておくことができるということは、血糖と体重を適正な状態に保つことができるということです。また、普通の、不自由ない、人並みの生活が送れる、または、(健康的な生活をすることによって)人並み以上の人生が送れるということです。糖尿病でもプロ野球のホームランバッターもいますし、ミス・ユニバースもいます。

 よくしておくことができるということは、逆に言うと、これ以上悪くしないでおくことができるということでもあります。糖尿病ははじめは症状がない、痛くも痒くもない病気ですから、これ以上悪くならなければ、元気で長生きということです。

 治らないけどよくしておくことができるというのは、先ほどの例を挙げれば、近眼は一生、治らないけれど、眼鏡をかければ普通に見える、新聞も読めれば、仕事もできる、というのとある意味で似ています。

(3) 悪いまま放置すると、重大な合併症が起きる
 さて、治らないのに、なぜ治療をするのでしょう。患者さんは病気を治したくて病院に来るのです。あなたのお腹が痛いのは一生、治りませんなどと言えば、こんなやぶ医者、二度と来るかと言って、怒って帰ってしまいますね。ところが、糖尿病は治らないけど治療しましょうと言うのです。なぜなら、治療せずに悪いまま放っておくと、恐ろしい合併症が起こるからです。糖尿病は怖い病気と言われています。それは、合併症が起きるととても不自由で、悲惨だということを示しています。糖尿病では体のほとんどすべての臓器が冒されますが、中でも、目と腎臓と神経がやられやすく、糖尿病の3大合併症と呼ばれています。目が見えなくなる、腎臓がやられると命に関わる、神経がやられると麻痺、お漏らしや、壊疽といって足が腐って切断をすることになったりします。失明して、寝たきりで下の世話をしてもらうようになっては、悲惨と言わざるを得ないでしょう。自分の目で見て、足で歩いての人生です。糖尿病を放っておいて、こうなってしまっては大変です。
 合併症の詳しいお話は、別にいたしましょう。(6.糖尿病の合併症(その1)(その2)

(4) よくしておけば、合併症を予防できる
 糖尿病は治らない、恐ろしい合併症が起きる、というと、私の人生もうおしまいだ、という感じですが、そうではありません。糖尿病の合併症は、よくしておけば予防できるのです。よくしておくというのは、「健康的な生活をして、血糖値と体重をよい状態にしておく」ということです。そうすれば、合併症を起こさずにすみます。すでに合併症を起こしている患者さんも合併症の進行を最小限に抑えることができます。糖尿病は合併症がなければ症状がない病気ですから、元気で長生きということです。ただし、血糖値をよくしておくだけではいけません。生活をよくし、体重も適正にしておく必要があります。血糖値がいくらよくても、食べ過ぎて、太ったままでは合併症は予防できません。
 糖尿病の治療は全て、この合併症の予防のために行うといえます。はじめに説明したとおり、治療しても糖尿病は治りません。薬をのんでも注射をしても糖尿病は治りません。治すための治療ではありません。食事も運動も飲み薬もインスリン注射も、合併症が起きたら困るから、起きないようにするため、予防のための治療です。

 また、予防だから、一生、続ける必要があるのです。予防は途中で止めたら予防になりません。インフルエンザがはやって、マスクをして出かけて、途中でマスクをはずしたら、インフルエンザはうつってしまいますね。うつされたくなければ家を出てから、帰るまで、マスクをしておくのがよいことになります。

 よく、「糖尿病の薬を始めたら、やめられないのですか?」という質問があります。止めてもいいですが、止めたらまた悪くなる、その後のことは予防にならないということです。1週間治療すれば治る、1年で治る、という病気ではありません。糖尿病の治療を10年続けても、止めてしまえば、13年目に膵臓が駄目になって、15年目に合併症が起きてしまいます。予防のための治療ですから、合併症を起こしたくない、と思う間は治療を続けておくのがよいことになります。元気で長生きのためには、寿命が来る前の日まで、自分の目で見て、自分の足で歩いていたい、とすると、寿命が来る前の日まで、合併症の予防という治療を続けておくのがよいことになります。始めたら止められないのではなく、始めなければ、もっと悪いままです。できるだけ早く始めた方がよいのです。まずは放置すると、年と共に悪くなるのが関の山で、放っておいてよくなったり治ったりすることはありません。

 治療の基本は、健康的な生活です。健康的な生活を1日も早く始めて、合併症を予防しましょう。
 治療の内容については、別に詳しくお話ししましょう。(→ 糖尿病と食事、糖尿病と運動、糖尿病の薬、インスリン療法)
6.糖尿病の合併症(その1)
  糖尿病は初めのうちは痛くも痒くもない「症状がない」病気です。しかし、放っておくと、全身の余病、合併症をおこし、大変、悲惨で不自由な生活を送るようになります。
 糖尿病は全身の病気です。例えば、医学校の学生に「糖尿病で侵される臓器をあげよ」と問題を出せば、何を答えても正解になります。脳でも、心臓でも、肝臓でも、どこでもやられることになります。しかし、中でも、糖尿病により特徴的に傷害を受ける臓器は「目と、腎臓と、神経」です。糖尿病の三大合併症と呼ばれています。これらは、目と腎臓と神経の細い血管が傷害されるので、糖尿病性細小血管障害(microangiopathy)と呼ばれることがあります。一方、糖尿病では脳梗塞、心筋梗塞、閉塞性動脈硬化症という、比較的太い血管の動脈硬化を起こすことも多く、糖尿病性大血管障害 (macroangiopathy)と呼ばれます。大血管障害も重大な障害ですが、これらは糖尿病に限らず、喫煙、高血圧、高脂血症など、他の要因で起こることも多くあります。しかし、細小血管障害は、ほとんど糖尿病に特徴的に起こることが多いので、糖尿病の三大合併症と呼ばれるのです。

(1) 目の合併症
 目はもちろん物を見る器官です。よくカメラに例えらますが、カメラのレンズに相当するのが、水晶体であり、カメラのフィルムに当たるのが網膜です。糖尿病では、この、水晶体と網膜のいずれもが障害を受けます。
 水晶体が障害を受けて濁った状態を、白内障といいます。ものが白くかすんで見え、まぶしく感じるようになります。白内障は手術して濁った水晶体を取り除くことで、視力を回復することができます。しかし、網膜が障害を受けると、視力の回復は難しい状態になります。
 網膜は光を感ずる神経細胞と細かい血管が網の目のように走って膜を作っています。それで網膜と呼ばれます。糖尿病では、この血管が傷害され、出血を起こします。眼底出血と呼ばれる状態です。フィルムの前に出血するので、当然、視力が傷害されます。この出血はやがて吸収されますが、カサブタがとれるときに皮膚が引きつれるように、眼底出血が吸収される段階で網膜が引っ張られて、はがれてしまいます。網膜剥離と呼ばれる状態です。こうなると、フィルムがはがれたのですから、ものは写らなくなります。つまり、目が見えなくなる。失明するということです。(レーザー光線で網膜を焼き付け、進行を止めるのが治療になります)。
 光は命の次に大切、といいます。目が見えなくなると想像するまでもなく大変不自由な生活を過ごすことになります。人の手を借りなければ身の回りのこともできなくなりますし、暗闇の中で残りの人生を過ごすということは絶望的にも思えることです。しかし、糖尿病では、この失明という状態が待ち受けています。現在、成人の失明の原因の第一は糖尿病です。慄然とする事実ですが、失明の原因の3人に1人は糖尿病です。糖尿病で失明することは分かっていても、「失明する人もいる」という風にしか認識できない、人ごとのようにしか思えない、自分のこととしてはとらえられない患者さんが多いのではないでしょうか。しかし、目が見えなくなってからでは手遅れです。見えなくなった目を開くことはできません。糖尿病の血糖値が高い状態がおよそ10年続くと網膜症が発生することが多くなりますが、それより早い場合もしばしばあり、発症の時期は様々です。このような状態にならないよう、糖尿病を指摘されたら医療機関で正しい診療を受け、健康的な生活をまもり、血糖値と体重を適正に保つことが必要です。

(2)腎臓の傷害
 腎臓は、「肝腎」と呼ばれるごとく、人体にとって最も大切な臓器の一つです。腎臓には大量の血液が流れ、水分を「ろ過」して尿を作り、血液の成分の調節と血液中の老廃物の排泄を行っています。糖尿病では腎臓の血管が傷害を受け、腎臓のろ過の機能が障害されます。

 (a)障害の初めには、ろ過の目が「ざる」になり、大きな分子まで尿の中に排泄されて失われます。最も重要なのは血液中のタンパク質が尿に出てしまうことで、タンパク尿と呼ばれる状態です。ごく初期には、通常の検査法では陽性に出ないので、尿タンパク微量定量法という方法で検査を行って見つかる場合があります。この段階のタンパク尿は、血糖の状態をきわめてよい状態に保つことにより、改善することができることがあります。進行すると、大量のタンパクが尿に出るようになります。タンパクが失われると血液のタンパク濃度が薄くなり、つまり血液が水っぽくなりますので、体に水がたまる、浮腫(むくみ)を生ずる状態になります。この状態をネフローゼ症候群と呼びます。
 (b)やがて、腎臓の障害が進むと、ろ過の目が目詰まりを起こし、老廃物さえも出て行かなくなります。本来、尿に出て行くべき有毒な物質が血液に貯まりますので、中毒症状を起こし、尿毒症という致命的な状態になります。尿毒症を避けるためには、腎機能が低下した状態で、人工透析を行う必要があります。透析は腎臓の代わりに血液を器械(透析機)に通し、必要な物質と老廃物を分けて、血液に戻す作業が行われます。1回の透析におよそ半日を要し、これを2日に1回行う必要があります。つまり、月水金とか、火木土とか、週3回、病院に通い、いずれも半日ずつ懸けて透析を行わなければならなくなります。尿を出す代わりに、透析機で血液の成分を調節し老廃物を除去するのですから、普段から水分を摂る量とか、タンパク質やミネラルを摂る量などは、厳重に制限を受けることになります。透析機に通す血液は、動脈からとり静脈に返しますが、糖尿病では動脈硬化を起こし、血管を長い期間用いることが難しい場合も多くみられます。

 目が見えなくなっても、また、腎臓が障害され命が危なくなっても、もちろん大変です。合併症は、糖尿病を良い状態に保つことにより、予防し、また進行を最小限にくい止めることが可能です。合併症を起こさないよう、糖尿病を指摘されたら医療機関で正しい診療を受け、健康的な生活を行い、血糖値と体重を適正に保つことが大切です。

7.糖尿病の合併症(その2)
 糖尿病は始めのうちは痛くも痒くもない「症状がない」病気です。しかし、放っておくと、全身の余病、合併症をおこし、大変、悲惨で不自由な生活を送るようになります。
 (その1)では、目の合併症と、腎臓の合併症についてお話ししました。
 この(その2)では、神経の合併症とその他の合併症についてお話しします。

(3)神経の合併症
 神経は命令や情報を伝える器官です。大きく分けて、運動神経、感覚神経、自律神経の3つの系統があり、糖尿病ではそのいずれもが障害を受けます。広い意味では中枢神経すなわち脳も神経系の一つであり、糖尿病では脳梗塞などの合併症が起きますが、それについては、あとの項でお話しします。

(a) 運動神経
 運動神経が傷害されると、体の一部が動かない麻痺の状態になります。糖尿病の神経障害の中では運動神経の障害は少ない部類に入りますが、例えば、動眼神経という、眼球を動かす神経がありますが、糖尿病ではこれの麻痺が起こり、目が動かなくなることがあります。左右や近くのものを見ると、ものが二重に見える症状が起きます。もっとも、広い意味で、脳梗塞を考えると、体の半身が動かなくなるような運動神経の障害も起きます。

(b) 感覚神経
 感覚神経は見たり、聞いたり、触ったりして感ずることを伝える神経です。糖尿病では特に、触って痛みや熱い冷たいを感ずる温痛覚の神経が傷害されることが多くあります。痛みの感覚が鈍くなると、怪我をしてもわからなくなります。例えば、足に豆が出来ると、痛くて気づきますが、神経障害があると、豆が破れても気がつきません。ひどい場合は、釘を踏み抜いても気がつかず、家に帰ると、靴の中が血だらけになっていると言うこともあります。
 熱い冷たいがわからないのも困ります。湯たんぽを使っていて、健常ですと熱ければ眠っていても蹴飛ばしますが、神経障害があると、熱くてもそのままで、翌朝、やけどになって大きな水ぶくれが出来ていることもあります。ひどい場合は、風呂が熱いのに気がつかず熱湯の中に入ってしまい、全身、熱傷で命にもかかわることもあります。
 痛い、熱い、冷たいのがわからないことは、非常に不自由であると同時に、危険なことであります。  わからないのと逆に、神経が過敏になることもあります。病気になるとちょうど良いと言うところが無くなってしまうのです。痛いことをしているわけでもないのに、痛みを感ずる、すなわち、神経痛です。じんじん、ビリビリしびれる、痛い、という不快な、耐え難い苦痛が、一日中続く、または、夜、寝ると痛みがひどいという場合もあります。

(c) 自律神経
 自律神経は、内臓の運動を司る神経です。胃腸や心臓は絶えず動いていますが、私たちが動かそうと思って動いているのではありませんね。自律神経が動かしているのです。呼吸は自分でしているように思いますが、これも、意識せずに、忘れていても、寝ていても呼吸をしているのは、自律神経が動かしているからです。排便や排尿は、自分でしていると思うでしょうが、これも、自律神経です。その証拠に、便や尿は出始めると途中で止めることはできませんね。自律神経が内臓を動かして便や尿を出しているので途中で止めることが出来ないのです。また、忘れていても出口を閉じて、もらさない様にしているのも自律神経です。
この自律神経も糖尿病で非常によく障害を受けます。

1. 血管の自律神経が傷害されると血圧の調節が出来なくなり、立ちくらみ、規律性低血圧という状態になります。
2. 胃腸の自律神経が障害を受けると、胃がもたれる、腹が張る、消化不良で下痢になったり、腸管の運動が悪く便秘が起きるようになります。
3. 膀胱や肛門の自律神経が侵されると、失禁、お漏らしの状態になります。
4. 男性の場合、陰茎の自律神経がやられると、インポテンス、勃起障害が起きます。

 神経が障害を受けると大変、不自由な状態になることがわかると思います。

(4)糖尿病のその他の合併症
 糖尿病では、目、腎臓、神経の他にも色々な体の障害が起きます。
 主なものは、動脈硬化、感染症、壊疽(えそ)です。

(a) 動脈硬化は、脳梗塞、心筋梗塞、それに、あし(下肢)の血管が詰まる閉塞性動脈硬化症があります。これらの動脈硬化は糖尿病以外にも、たばこ(喫煙)、高血圧、高コレステロール血症などを原因としても起こりますが、糖尿病で起こる危険性は大変高いものです。脳梗塞では、半身不随、言語障害や、排泄障害(尿便失禁)、寝たきりの状態が起きます。心筋梗塞は死亡率の高い病気ですし、心不全を起こして浮腫(むくみ)や心臓喘息、呼吸困難の状態になったり、生活の活動度に大きな障害になります。閉塞性動脈硬化症では、歩くと下肢に痛みを生じて歩けなくなったり、常時、冷感や痛みを生ずるようになります。
(b) 感染症は、免疫の抵抗力が低下し、ウィルスや細菌に侵されやすくなると言うことです。傷の跡が膿みやすく治りにくくなったり、ちょっとした風邪でも肺炎を併発したり、最近すくなくなった結核も糖尿病の患者さんでは多く見られます。

(c) 壊疽(えそ)は、足の先が腐ってくる状態です。これまでに述べた、神経障害、動脈硬化、感染、それに糖尿病特有の栄養障害が合わさって発症すると考えられています。靴ずれの様な小さな傷でも、放っておくと、潰瘍になり、血の巡りが悪く黒くなり、感染を起こして膿を持ち、周辺は炎症で赤くなり、潰瘍は深くなり、骨が露出してきます。壊疽は足のゆびの先から、足全体、さらに下腿(すね)に広がり、全身に細菌が回る「敗血症」のおそれがある場合は、足を切断しなければなりません。膝から下や、股関節から下の全てを失うことになります。
(5)あなたの生き甲斐を守りましょう
 日本人の平均寿命が80歳。長くなったと言っても、元気でいてこそ長生きの価値があるというものです。自分の目で見て、自分の足で歩いて全うしたいものです。
 糖尿病の不自由で悲惨な合併症について説明しましたが、驚かせたくて話したのではありません。怖がらせて、治療を受けてもらおうというのではありません。
 このような合併症が起きてしまっては、患者さんの豊かな人生が失われてしまうと言うことです。
 みなさんの生き甲斐は何でしょうか。仕事、子供、孫、趣味、いろいろあるでしょう。病気になったからといって、「病院に行くために生きているのではない」のはもちろんです。生き甲斐を得るために生きていることと思います。しかし、糖尿病の合併症が起きてしまっては、その生き甲斐が得られなくなるのです。生き甲斐である仕事も出来ない。生き甲斐であるお孫さんの顔も見えない、ということです。病院に行くのが生き甲斐ではない、病院に行く時間をとっていられない、仕事だ仕事だ、と言って、病院に行かないでいては、ゆくゆく大切な生き甲斐を失ってしまうことになります。食事療法なんかやっていられない、食事が制限されるくらいなら死んだ方がましだ、などと言っていては、本当の生き甲斐を失ってしまうということです。明るい老後を過ごせなくなるということです。
 皆さんの大切な生き甲斐を守るために、ちょっと、病気とも真剣につきあって頂きたいと言うことです。

(6)合併症を予防するための治療です
 放置すると恐ろしい糖尿病ですが、正しい治療を行い、血糖値と体重を適正に保つことが出来れば、合併症を予防し、進行を最小限に留めることが出来ます。
 糖尿病の治療は合併症の予防が目的です。残念ながら、糖尿病は、治る病気ではありません。食事療法も薬物療法も糖尿病を治すことが目的の治療ではありません。糖尿病の合併症を予防することを目的として行うのです。
 糖尿病の治療は止められないのですか?・・・ 予防が目的ですから、途中で止めると予防にならなくなります。70歳までも80歳までも、自分の目で見て、自分の足で歩くためには、合併症を起こしてはいけません。そのための予防のための治療ですから、70までも80までも続けるのがよいことになります。治療といっても、健康的な生活が基本です。食事療法、運動療法と言いますが、糖尿病に特別なことではありません。誰もが行った方が良い、健康的な食生活、健康的な身体活動のことです。日本人のほとんどが不健康な生活をしている中で、糖尿病の患者さんにはまず、健康的な生活を送っていただこうということです。最初は制限、束縛感を感ずるかもしれませんが、健康的な生活というのは、習慣です。いまは不健康な生活に慣れてしまっているだけで、慣れれば健康的な生活の方が当たり前になります。患者さんだけでなく、患者さんのご家族にも一緒に行っていただいた方がよい、健康的な生活です。薬は、他の高血圧の薬などと大差はありませんし、インスリンの注射も薬というより、足りないホルモンを補っている治療法です。
 健康的な生活を基本とした治療を行い、生き甲斐である孫の顔を見たり、趣味を楽しんで、明るい老後を迎えたいものです。

[TEXT by 松島照彦, 筑波記念病院 内科(代謝内分泌)]
※執筆者の所属は、執筆当時のものです。

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